• Home »
  • 観光 »
  • 【歴史ドラマの宝庫?!】日本の名城川越城とは

【歴史ドラマの宝庫?!】日本の名城川越城とは

【歴史ドラマの宝庫?!】日本の名城川越城とは

さて、こんにちは!
今回は川越城について取り上げます。
川越城といえばボクの母校の埼玉県立川越高校の裏にあるにもかかわらず、川高生が一切いかないであろう場所ですね←

それはともかく、今回はそんな川越城の本当の姿をご紹介出来ればと思います。

川越城とは?

川越城出典:http://www.asahi-net.or.jp/~wp9t-tbt/kawagoe4.jpg
川越城は、埼玉県川越市にあった日本の城で、江戸時代には川越藩の藩庁が置かれていました。
別名、初雁城、霧隠城とも呼ばれていて、関東七名城・日本100名城の1つなそう。

現在は1848年に建てられた本丸御殿の一部が現存するしています。
川越城本丸御殿は、1848年に藩主松平斉典(なりつね)が作ったもので、16棟、1025坪の規模をもっていましたが、明治維新後次第に解体されていきました。

川越城の歴史とは?

川越城出典:http://www.bell.jp/pancho/k_diary-6/images/image-2/1108-30.jpg
そんな川越城ですが、もちろん歴史があります。
川越城は、1457年に、上杉持朝(もちとも)の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれています。
川越城は江戸時代には江戸の北の守りとして重要視され、代々幕府の重臣が城主となっていたそうです。

川越城の歴史ドラマとは?

川越城出典:http://www.ranhaku.com/web05/c2/1_05map-s.gif
川越城は、1537年に後北条氏の占拠するところとなりましたが、1546年に川越城の奪回を図った上杉氏は後北条氏の奇襲に会い、大敗して群馬に逃れ、それ以後、後北条氏の支配が決定的となりました。
そして、川越城を掌中に収めた後北条氏は、周辺の旧上杉氏所領を直轄領に組み込むとともに、城代として譜代の重臣大道寺氏を配置しました。
1590年には豊臣秀吉の関東攻略に際し、川越城は前田利家に攻められて落城しました。
やがて同年8月徳川家康が一族家臣を従えて関東に移るにおよび、重臣を重要な地に配して領国の安定を図りました。
川越には酒井重忠が1万石をもって封じられ、ここに川越藩の基礎が成立しました。
1639年、川越藩主となった松平信綱は川越城の拡張・整備を行い、近世城郭の形態を整えることとなりました。

川越城に、上杉氏や徳川家が深く絡んでいたなんて知りませんでした。
少なくともほとんどの川越高校生も知らないであろう(笑)

以下施設情報です!

住所 埼玉県川越市郭町2-13-1
開館時間 午前9時~午後5時
入館料 一般100円(80円)
大学生・高校生50円(40円)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は翌日)

是非興味がある方は足をお運びくださいね!
それでは!VIVA埼玉!